余命3ヶ月と宣告された叔父のお見舞い

過日東京にいる従兄弟から突然電話がかかってきました。


電話に出ると「●●兄ちゃん?」筑豊訛りのイントネーションで、最初はどなたかサッパリ分かりませんでした。私のことを「●●兄ちゃん」と言う人はごく限られていますから・・・。


従兄弟と申しましても、普段良く会うこともあるはずもなく、15年前の彼の結婚式以来のこと。


ひと回り年下の彼が電話をして来ることはただならぬことであると思いつつも、
「余程のことだろうが・・・・・、どうした?」と、尋ねると、


「お父さんが肺がんの末期症状で全身にガンが転移しとうとよ〜、あと3ヶ月もつかどうか・・・・」とのこと。


彼の父親の叔父は母の兄弟の末っ子で今年70歳になったばかり。


小学校や中学校の頃、盆暮れにはよくお小遣いを頂いた記憶がある。


「好きなもん、買え!」と、小遣いをポケットに押し込んでくれる叔父が大好きだった。


博多の方なら誰もが知っているはずの有名な料亭の初代花板を任された叔父だったが、
利益追求を優先する経営者と対立し、花板の座をすんなり諦める潔い人でした。


そんな叔父のお見舞いに今日は麻生飯塚病院まで出向きました。


昨年も一昨年も母の膝の手術のために再三来ている病院のホスピスに今日から移るとのこと。


母にも会おうとばかり、田川の上野(あがの)に先に赴きました。


途中、飯塚でも田川でもきれいなを見ました。


GEDC0238.JPG


明るく希望に溢れた虹?・・・ってな、わけないか?(苦笑)


霙が舞う中、八木山峠が凍結しなくて、よかった。


叔父がいるホスピスに1時間半ほどいて、
昔を思い出していました。


帰り際に、叔父が
「もう会えんやろうけど、俺の分まで長生き・・しやい!」と、吸引マスクをつけて笑いながら言った言葉が今でも耳に残っています。


「余命3ヶ月と宣告されたら、どうするだろうか?」と、考えながらクルマのハンドルを握っていました。


さすがに天候も良くないので、ヒイカ狙いは今回はもちろんパスです。


私自身の終活を自分で進めないと!























posted by ジャズフィッシュ at 18:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 福岡近郊の釣り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
いつまで、嫌われるタバコ吸ってるんですか? 禁煙治療薬チャンピックスが一番安く・早く手に入ります!