「釣りの気付き」を忘れていたかも知れない!?

 今日ではなく、最近反省することがありました。

釣り本来の楽しさと言うのは何だろうと。

なまじ経験を重ねると、チヌの何センチだとか、スズキの何センチだとか言うことにこだわるが、
それがどれほどの価値があるのかを考えると、笑ってしまうほどたいしたことはない。

海釣り公園の写真やポイントの写真を見ていて反省することしきり・・。

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失礼だが、こんなセイゴで満面の笑みをたたえる子供が実に可愛らしいし、羨ましい。

だが、考えてみると、これが基本なのだ。

嬉しさと言うのは大きさなどには関係しない。

たとえ10センチのハゼでも楽しいと思って釣る事と、こんなハゼなどと思って捨てるのでは全く意味合いが違う。

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アジゴを釣っても、それが生涯の思い出となる方もいると思う。

釣れた魚の大きさなど無関係だ。

私は、釣り大会など興味もないし、本来的には、楽しさを優先するタチだ。

大きさも関係ない。重さなど知ったことか。

長く釣りをすればするほど原点である楽しさとか喜びを忘れていたような気がする。

私は、段位がある趣味は好まない。
柔道、剣道、空手、将棋、囲碁・・・。

釣りは50年やったところで3級もなければ、5段などと言うこともない。

そんな趣味に何らかの順位を付けたがるのがメーカー主導の釣り大会。

私のもう1つの趣味はジャズを聴くことだが、これとて何の順位もない。

レコードやCDを10000枚持っているから3段だと言うこともないし、
マイルスの「カインド・オブ・ブルー」とビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビィー」しか持っていないからとて5級などと言うこともない。

どんな魚であれ釣って、心底屈託のない笑顔がこぼれるのは大きさや数でも重さでもない。

45年ほど前に、竹竿でキスを釣って祖父に頭をなでられた嬉しさが釣りの原点かもしれない。

何センチだとか、何匹釣っただとかそんな不粋な世界ではなかった。

心底嬉しかった。

年をとると童心に戻るというが、できるものであれば童心に戻りたい。

何であれサカナが釣れたときの喜びを引きずって45年も釣りをしているのだから。

私のこれからのスタンスを見つめ直す良い機会かもしれない。

釣れて当たり前。
そんなおごりを抱くようでは釣りを愛しているのかどうか疑わしい。

ハゼやアジゴに狂喜した幼少の頃。

50センチのチヌや60センチのスズキにも淡々としていられる自分が原点を見失っているのでは?

競うための釣りなどしない!

だが、純粋に好きなことにかけては数や型など無関係にオンリー・ワンでありたい・・・と、思ったはずだ。

子供達の笑顔から「新たな学び」を得たかもしれません。

誰とも比較などしない釣り。

例えば、ゴンズイばっかり釣るとか。
それであったにせよ、自分が面白ければ良いじゃねぇか〜、と真剣に思いました。









posted by ジャズフィッシュ at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 福岡近郊の釣り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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